頭のなかが揺れている日記3 ブログとは

はてなブログがダイヤリーをやめるらしいので、この機に、いっそブログもやめることも考えないではなかった。
別に単なる仕様変更という(詳しくは色々あるみたいだが)ことみたいで、新しいスタイルに更新したければできるらしい。(つまり更新しなければ、古い記事も読めない?)。

仕事上じつは新しいはてなブログにも別のアカウントで登録はしていた。

ただしかし、ブログとはなんだろうか。あらためて考えてしまう。
わたしはかれこれ10年弱「はてブ」を利用してきたことになるが、ブログに書くことはほぼ事実であり、フィクションではない。事実を書く、というのがブログの暗黙のルールみたいに考えてきた。
だから、考え方によっては、かなり詳しいプライベートを公開するわけだから、それなりのリスクはある。
たぶん、家族とか身近な人は、どうしても自分と切り離せない部分があり、ブログに書いてしまったりしている。とくに要介護の母のこととか。でもどうだろう。なにも言えないから尋ねられないが、母はあまりよく思ってないんじゃないかと、思うこともある。

どうしても書いてしまうのだが、ブログに書き公開してよいものかどうか、についてじつは深くまだあまり考えたことがない。
それも、ブログを続けるかどうかの迷いにつながっている。

しかし、なぜかわたしは自分の考えを深めたり、まとめたりするためにこうしたサイトを利用してきた。
またそれを読んでくれる人もいて、共感やときに違った意見をコメントしてもらったり、ということも、むかしは、あった。いまはほとんど、ないが。

さて、さて。
今日、少しビックリしたことを書く。

昼間、というより夕方近く。車で走っていて、信号待ちしてたら、スクーターがどういう状況かわからなかったが、横断歩道でこけていた。近くにいた自転車に乗った中学生らしき女の子が二人、近づいて声をかけていた。
バイクの人はなんとか立ち上がり、自分でバイクを動かし道路のはしに移動して、なんとか怪我もなかったようだった。
別の場所だが、夜、これは用事があり、街を歩いていたとき、そこも交差点近くで、通勤帰りの人が多い場所だった。自転車に乗った男性が、急にバランスを失い、歩道の脇にある植え込みのなかに倒れ込んでしまった。
そのときも、近くにいた何人かの歩行者がワーッと寄ってきて、男性に手を貸し、自転車を植え込みから出し、立ち上がらせていた。
男性は恥ずかしかったのか、黙って礼も言わず、再び自転車に乗り、走り出した。
が、すぐ停まって、かごだけでなく、ハンドルにもぶらさげていたレジ袋のなかを点検していた。
一日に二回も転倒シーンを目撃してしまった。

頭のなかが揺れている日記2

昨日何ヵ月も更新してなかったこのブログを更新したのだが、なかなかに、再開するのは、いま考えても、至難の技であった、なんて自分で内幕をぶちまけている次第。
さらにダイヤリーがなくなる(もうなくなった?)なんて言われるときに、調べもせず、携帯メールから、書き込むだけ書き込んでみようという、なんと雑な試み。
誰も読むはずはないと、のんきなことを思いつつ、ならなぜにかような、ことばをネットにぶちまけようとするのか、、。
今日は、朝から仕事であった。車で移動中、NHKのラジオ第二放送をかけて、語学番組を聴いていた。
というのは、職場の若い社員が、英語検定の勉強をはじめるとか言っていて、わたしがむかし、ラジオの語学番組で英語を勉強していた、という話をした。それで懐かしくなったのだ。
語学だけでなく、古典、とかもあった。
なにか不思議な、世の中の流れからまったく切り離されたような、わたしが10代の頃から、そう大して変わりない番組が、いまも、日夜放送されていて、中高生が聴いたりしているのだ。
ただ、いまはインターネットで、番組によっては、何度も聴いたりできて便利になっている。
仕事が終わり、帰り道で、一頃よく行っていたが、えらく久しぶりに今年に入って何回か立ち寄っている、昔風のコンビニ(なんと呼べばいいかわからないが、コンビニ発生前からある、お菓子、果物、野菜や惣菜を売っている店)で天ぷらを買い、レンジで温めてもらい、車のなかで食べた。
実は夜、新年会の予定があった。だが、なぜかとくにお腹が空いているわけでもなく、ただ前を通ったのに、何も買わないのが忍びなく、買ってしまったのだ。
そこには「今日は何しとこう?」と気さくに話しかけてくるおばちゃんがいつもいる。思えば、近頃はこのような店は減っている。いや、それどころか、普通はなくなっている。
しかし、わたしは、こうした店を二つくらい知っていて、よく行っている。
また、ほぼ毎日行く喫茶店、華林唐も、マスターがいろいろ話しかけてくれる。
結局、そういう店が、好きなのかもしれない。
ただ、今日は帰る途中、近くに用事があり、違う喫茶店に入った。そこでは店員さんと顔見知りではあるが、まったく話さない。
そういう店も、なんとなく必要な気がする。
そういえば、今日仕事先のコンビニで、そこはまったくはじめてに近い、たしか二回目くらいに入る店で、まったくはじめて会う店員さんに話しかけた。
仕事の必要があり、近くに百均がないか、と尋ねたら、丁寧に教えてくれた。
普段は、わたしもコンビニに行ってもまったく、店の人と話したりしない。知り合いがコンビニで働いている店は一軒だけあり、そこ以外はまったくだが、今日、そうやって話してみると、意外とちゃんと、マニュアルでない普通の会話を、できて、新鮮だった。
そういえば、むかしは、知らない人に道を尋ねる、というのは、普段ごく普通にあることだった。
いまは、さすがに、たとえスマホを持ってなくても、道をきくのはなかなかできない時代になった。
新年会は、実は、一昨年から一緒にバンドをやりはじめたメンバーとであった。
忘年会はいそがしすぎて、できず、今日やっと予定があき、できたのだった。
それにしても、むかしにくらべ、飲む機会がなくなった。今日も、仕事帰りが遅くなり、用事もあり、結局会場に車で行くしかなくなり、飲めなくなってしまった。あーあ、という感じである。

用事とは、何かについて、少し書くと、驚くなかれ、実は年賀状の返事がまだ書けてないのだ。
年末年始は仕事、おまけに母が入院中で年明けから、退院に向け、準備が始まったので、毎日病院に通っていて、マジ時間がないのである。
家のなかも、掃除できなかったし、新年を迎えたばかりなのに、気が重い。
それから逃げる目的もあって、こんな日記を綴っている。

頭のなかが揺れてるんだ日記

新年初の日記らしくタイトルを新しく?つけてみた。
かなり休んでいたので、そうでもしないと書けないくらい久しぶりだ。

こんなに休んでしまったのは、たぶんはじめてである。
それで何を書いたらいいか頭のなかが揺れていて、こんなタイトルでごまかす始末。
はてなブログもダイヤリーサービスやめるらしいし、この書き込みもアップされるのか、不安だが、、。

今後、別のサイトに移行せざるをえないはずだが、そんな詳細さえ知らず、年を越してしまった。
どうなることやら、、。
(わかり次第移行先お知らせします。)
今年もよろしくお願いします。

9月25日(火)「憲法勉強会」バガボンド・カフェ@ブッダカフェ

毎月25日に、徳正寺で行われるブッダ・カフェ。ずっと時折参加してきたのですが、いろいろあり、ここ最近ずっと参加できてません。
いつもならテーマまったくなしで出席者の方々の任意で話題になることを話しています。
が年に何回か、テーマを絞って話す回を担当させてもらい、ここ最近もっぱら憲法について話すということを、途切れ途切れ続けてきました。
今日はあまり、これといったまとめはできないでしょうが、いままでの話を思い出しながら、久々に話せたらいいなと思っています。

ブッダ・カフェ
2018年9月25日(火)13時から16時半
会場:徳正寺(下京区四条通富小路下ル)
途中参加可能です。

「はてなダイアリー終了」えっ?! 「ビートルズ研究会」に参加

ITに詳しいわたしの友人から「はてなダイアリーが終了しますよ」と教えてもらった。
メールを確認すると、たしかに「ダイアリー」のサービスを終了し、「はてなブログ」に統一し、移行するらしい。
 
わたしがこのブログを始めたころは、「ダイアリー」のサービスしかなかった。

ここにずっと書いてきた記事は、「ブログ」のサイトに移さねばならないのだろうか。

真剣に案内をまだ読めてないので、近く「ブログ」のほうに移行するということのみ告知しておきます。

実際のところ、このダイアリーでさえ、いまのパソコンのスペックでは、非常に動きが悪い。そういった、仕様の変更についていけるかどうかわからない。

インターネットの世界は、どんどん進化していて、取り残されつつある。そんなに高性能なものを求めてないのだが、昔のサービスはどんどん打ち切りになり、それなりのハードを買い換えないと、切り捨てられてしまう。

誰も、こういった動きについて、表立った抵抗をしないものだから、メーカーやソフトメーカーの言いなりといってもいい。

はっきり言って、ブログも書けてないし、ここでやめてもぜんぜんかまわないのだが、昔の記事を見れなくなるのは、困ってしまう。若干だが、昔の記事にアクセスしてくれている人もいる。

結局、仕切りなおしで、リセットすることになるのだろうか。なんだか、詳しく調べる気にもならないが、そのあたりはやるしか仕方ないのだろう。

それはそうと、パソコンの問題はさておき、涼しくなってきて、いままで滞っていた問題が、一気に解決していきつつあるのも事実である。真夏というのは、なぜあんなに問題がたまっていってしまうのだろう。

わたしがためていたのが悪いのだが、きっかけは、先週日曜にあった祖母の3回忌だったのは、確かだ。

幸い、時間を空けて、母の介護をヘルパーさんに任せられ、参加することができた。

かなり久しぶりに、親戚にあって話でき、懐かしい思い出を語ることができた。

その後、この1週間で、いままで問題だったが、なかなか着手できなかったことが、ほんとうにうまい具合に片付いていった。具体的には、いちいちはあげないが、母の体調の病院との相談のことも含め、心配事がひとつづつ減っていった。

それは、たいてい自己責任のレベルで考え、自分のせいでという自覚ばかりあって、ちっとも前に進まない感じのさまざまな事項であった。(このパソコンのスペックについてもそのひとつ)

そういうことって、なぜか一気に動き出すものなのですね。

季節の偉大な力かもしれません。

今日は、ずっと行こう行こうと思いつつ、行けずにいた「ビートルズ研究会」の例会にも参加できた。

ビートルズのデビューから解散までの全シングル版アナログレコードをA面B面1曲づつ、かけて聴いていく一種のイベントだった。

アナログレコードを複数の人と聴く、というあり方は、わたしの中学高校生のころは残っていた、音楽好きの人間の日常であった。

だから、ひどく懐かしく、またアナログレコードが不思議に保っていると思われるその「時代」も、いっしょに聴けた気がした。

ちょっとだけ不思議な話1

先日、夜勤明けの帰り道に、知人の家に寄る用事があった。まだ夜が開けてない時間帯で、辺りは暗かった。真夜中に近く、車はヘッドライトをつけて走っている。

慣れない道なので、たしかこっちから行けるはずだ、と入った道があった。
昼間ならなんということはない道なのだろうが、妙に方向感覚が狂い、迷いながらなんとか知人の家にたどり着いた。

途中どこの神社かわからない鳥居が目の前ににゅーっとそびえ立ち、すこし気味悪かった。 
二、三日して、これは昼の暑い最中のこと。
常はいかないが、年に何回かいく仕事の現場に車で向かっていた。
暑い。ええい近道しよう、と混雑を避け、とった道があった。

なにげなく、そこを選んだみたいだった。進んでいるうちにわかったが、それは夜中迷ったあの道だった。
あ、この道だったのか、と合点がいった。

鳥居は今○神社の鳥居、道は紫○高校前の神社の参道だった。

この間とは真逆に走りながら思った。

「ああ、たぶんあのときの借りを返しに来たんだな」
わたしはこういうとき、そんなゲームめいた感慨を抱く。
なにげなく通ったが印象に残る場所には、なぜか、近いうちにまた訪れてしまうのだ。

しかし、あの真夜中の道は昼間とはまったく様子が違った。昔にタイムスリップしたみたいだった。
あるいは夢のなかみたいだった。

介護ブログについて

こんなささいなことも書いてしまうのがブログである。まして公開するとは。

単に少し疑問に思った程度のことだが、介護する人たちはブログとか書いておられるのだろうか。

いままで真剣に探し読んだことがなかったことが悔やまれる。

この分野の横のつながり、あまりないと勝手に思い込んでいた。いままで一度もそれらしいものを見た記憶がなかった。
ちょっとしたそういうヘルパー事業所が企画されたイベントや、ボランティア団体の誘いはあったが、結局参加するのがこちらの気分次第、時間の余裕次第ということになるなら、まず行かない。

自宅介護者は、要介護者がショートスティとか入院中じゃないと、動く時間がない。(自分のための時間もとらないといけない。)
自然に任せれば、孤立するのが介護の実態である。

孤立、とまで言うほどかと実は思うし、決してひとりじゃなくヘルパーさんやケアマネさんと話したり、相談したりしつつだから、表面上は孤立とかには見えないだろう。自分でさえ、そうは思えない。
つまり状況を把握できてないのかもしれない。

横のつながりと言っても、それに縛られるようでは元も子もない。
しかし、それぞれが持っている体験や情報を、うまく未経験の人に伝えたり、もっと経験ある人に情報をもらえたら、もう少し気が楽になるんじゃないかと思う。
わたしがそれをできたらいいが、なかなか時間と労力が必要であろう。みんなたぶんそうなのだろう。

さて、肝心のわたしが持っている情報が何かと言えばそんな大したものではない。しかし、折々、少し書いてもいいかなくらいのことで、まして最近本体の記事もなかなか更新できない現状ではあるが、すこし意識していきたいと思った次第です。