開高健「食後の花束」(角川文庫)

この本は昭和60年の奥付けだ。開高健はじつはわたしが文学と名のつくものを意識しはじめて読んだ最初の作家であり、告白してしまうが、かなりな傾倒ぶりを恥ずかしく思い起こす。この本は、近頃話題の銀閣寺前にある古書店、善行堂にて見付けて買い求めた。文庫だから安かった。だがおそらく絶版にちがいなく貴重な書物だ。
その昔は書店に開高健大江健三郎の文庫本はたくさんならんでいた。ちょうどわたしが高校くらいのときだ。以降それらは徐々に、当時は単行本しかなかった村上春樹村上龍の、黄色い背表紙のK談社文庫に押され、それらにいまや駆逐されつつある。
ビッグなこれらの小説家の文庫はやがては各社からまんべんなく出るようになるが、なんとなく出版社と作家とは相性があるようだ。
ダブル村上とK談社文庫が圧倒的に鮮烈な印象だったように、大江健三郎のS潮文庫のあの茶色いカバーはそれ以前の時代には切っても切れないものだったろう。どうも文庫というのは時代を背負っている、わたしにはそんな気がする。
開高健においては、小説は同じくグレーの背表紙のS潮文庫で多くを読んだし、そのイメージが強い。今も時おり書店に1冊くらいは淋しくおいているのを見掛ける。『夏の闇』とか『パニック・裸の王様』とか。(ただ新しい本は黒い背表紙になっている。わたしにとりS潮文庫の黒、といえば太宰治だ)
同時に思い出深いのはエッセイのほうで、これは、今日買った文庫もそうだがK川文庫から出ていた。当時は「白いページ」と銘打たれたシリーズだった。これは写真入り釣り旅行記をS英社文庫が出しまくる前の開高のベストセラーだった。
K川文庫の活字は、わたしには薄っぺらくみえ、温かみに欠けると思えたが、馴れたせいか、開高さんのエッセイには不思議に相性があっているように思えた。あの活字は明朝なのだがゴシックっぽく、開高が密かに傾倒する猥雑さや泥臭さに微妙に合うのである。
文庫の活字は20年前にはまだコンピュータ字でなく活版で、古書ではいまもあるが、一タイトルごとに微妙な違いがあった。匂いも独特だった。今も持っているが北杜夫の『幽霊』(S潮文庫)には書体も紙の匂いも作品世界と同質の和式ヨーロッパの香りを感じた。
話しは戻るが、この開高の本はエッセイで、どうもK川文庫では彼の最後の文庫なのかもしれず、いままで文庫に掲載もれていたものを集めたということが解説に書かれている。(同名の単行本は1979年だがその中で文庫化されてないものを集めたらしい)
冒頭に収められた「告白的文学論」というエッセイは、1964年にI書店の文学講座のために書かれたものらしいが、わたしははじめて読んだ。自伝的小説である「青い月曜日」のダイジェスト版のようなまさに文学的な自伝であり、小説より面白い。
わたしは典型的にエッセイから開高文学に入った人間でまったく忘れていたがそれを懐かしく思い出した。長い年月を経て再会した気分だ。
こう書くとずいぶん歳をとったみたいに思うが実際、今月某日はわたしの誕生日であった。(もうすみましたがそして…なんとこの開高さんの文章が書かれた年にわたしは生まれたのであるが)
この本は自分への誕生日プレゼントとしておこう。
「書くということは野原を断崖のように歩くことだろうと思う。」(同著p.68より)
善行堂さん、ありがとうございました。
☆古書善行堂さん 今出川通北白川東入ル南側