『あまちゃん』に見る山田太一『男たちの旅路』の「説教」の影

またまた、『あまちゃん』の話題だが、このドラマを見ていて思うのは、いろんな昭和の風俗やテレビドラマの「引用」が巧みに織り込んであるなかで、台詞回しに強い特徴のあった昔見たあるドラマの存在だ。
主人公アキの東北弁が、ドラマの大きな推進力になっているのだが、そういったわかりやすい特徴のほかに、わりとこのドラマの核になっているのは、「説教」なのではと思わせられる。
「説教」というと胡散臭い宗教や学校での先生の訓示みたいな、堅苦しい響きがあるので、なにか他の言葉はないか、探すべきかもしれないが。

「説教」で思い出すのは、なんといっても、1976年から1年に1回づつNHK土曜ドラマ枠で3回の連続オムニバス形式で放映された山田太一脚本の『男たちの旅路』だ。

このドラマの記念すべき第1話も、印象的だったのは、ガードマン会社の吉岡晋太郎司令補役の鶴田浩二が、低い声で延々と語る説教だった。

第1話『非常階段』で、新人ガードマンの森田健作と水谷豊たちが、自分たちが警備していたビルからとびおりて自殺を図ろうとするOL役の桃井かおりを発見し、それを止めようと説得する。

若い彼らと吉岡とお互いはじめての現場で、なんとなくギクシャクしていた折り、3人は、必死になり力を合わせ、なんとか説得に成功する。その間も、若い彼らは、吉岡がなんとなく感情を高ぶらせ、「俺たちの若いころは、、、」と言い出すのが、どうにもなじめず、違和感を隠せなかった。

で、水谷豊は、そういう吉岡に「また戦争の話かよ〜。おっさんのセンチメンタルだろう」みたいに野次るのである。

しかし、なんとか自殺しようとした桃井かおりを制止し、救い出したあと、吉岡が烈しい怒りを彼女にぶつけるのを見て、驚き、そうした違和感が瞬間に飛び去ってしまう。

なにか、大切な感情に気付かされる。

その直後「俺は若いやつは嫌いだ」といって、鶴田浩二がとつとつと語る名シーンが展開する。部下の新入りガードマン、水谷豊と森田健作に自分の青春時代、特攻隊の友達を見送った話をし始めるのだ・・・。

70年代中頃。日本が戦後を切り抜け、高度経済成長を成し遂げた時代に、青春を謳歌していた若者たちと、この時代の「中年」であった戦争世代との対比が、ここにはある。
当時の若者が、戦争世代の日頃は抑えているが、その中に秘められた熱く烈しい感情に、職場でじかに触れて、どういう反応を示すかを、山田太一は実に丹念に描いていた。
若者たちは、遠慮せず自分の感情をぶつけてくる吉岡に、最初反発しながらも、じつはかえって手ごたえを感じ、彼にぶつかりながら、自分たちの世代が喪失している、なにかを漠然と感じ、そうした流れに歯向かうきっかけをつかむのである。

山田太一は、あるインタビュー番組で、『男たちの旅路』について語っていた。

そのとき、「いろんな世代が一緒に見れるものを作ろうとした」ということを語っていたが、そのことばは、あの時代の断絶していた「中年」と「若者」を、ぶつけ、なにかをお互い共有しあう関係に結び付けるこのドラマの魅力を形作る「核」ではないかと思われる。

吉岡の「説教」の対象になるのは、部下の若者だけではなかった。

銃を持って彼らを襲う強盗犯や、同じ会社で不正をする上司、スーパーで万引きする主婦、過保護なくせに子供にじつは関心の薄い親、自分のキャラクターを殺してプロデューサーの言いなりに歌をうたい続けることに苦悩する新人歌手、革命を叫びフェリー船を乗っ取ろうとする政治犯、などなど実に多くの対象にわたった。

そして、吉岡本人も「説教」される回があった。

そのエピソードは、『男たちの旅路』の第4部(シーズン)の第1話「流氷」だった。それについては、以前この日記に書いたことがある。北海道〜根室〜「男たちの旅路〜流氷」 - 為才の日記

なんと、吉岡を「説教」するのは、ドラマの第1話からずっと吉岡の部下であった水谷豊演じる杉本だった。

東京から、最果ての北海道に、職場から蒸発して行方をくらました上司である吉岡を、部下であった水谷豊が、探しにいく。

東京へ連れ戻すために。

杉本のなかの若いなにかが、「流氷」のように凍っていた、吉岡の心を溶かしていく。『男たちの旅路』のなかでも、いちばん見ごたえのあるエピソードだった。


こういうドラマを見るには、テレビの音量をあげる必要がある。

なぜなら、こうした「説教」は、教壇でのいわゆるプリーチの説教とは違う、独特の声の低さがあるからだ。

そして、いまの朝ドラ『あまちゃん』には、その今なんて言ってるの、的な感じで、あたりの音を制し、テレビのリモコンで音量をあげる、という動作が多いことに気づく。

そうして、この種の説教が、じつは説教している本人が、相手を通して、自分に向かって、話しているところに、その本質があり、だからこそ『男たちの旅路』では、部下であった水谷豊が、上司であった吉岡司令補に逆に説教をすることになったりすることにもなるのであろう。

そして、この「流氷」のエピソードのごとく、いやそれよりも、一回り若い『あまちゃん』のアキと唯は、お互いの「説教」を通じて、お互いを救い合い、その絆を深めようとしているかに見える。

あまちゃん』には、山田太一が『男たちの旅路』の制作意図として語った「全世代に受け容れられるドラマ」の条件をかなり満たしているし、登場人物が周囲の人物に対する接し方も、『男たちの旅路』に似ているところがある。

ドラマの中心たる主人公が、『男たちの旅路』では、20代の新人ガードマンだったが、10代の女子に変わってはいるが。

男たちの旅路』は、NHKのインターネットサービス「オンデマンド」で、一部有料ですが、見られるようです。→番組表ヒストリー | NHKクロニクル