ワンオペについて2

前回、ここに「ワンオペ」について、少し書いた。
それからかなり経ってしまったが、なんとなく書き足りないというか、自分が思い間違っていたのでは、と気になっていた。
その間、大寒波が来て連日最低気温がマイナスだったり、冬季オリンピックが始まったりしている。ずいぶんさぼってしまった。

ワンオペについて書いたことを、いま思い出すと、一人で介護や育児をやっている「大変さ」を、誇張しすぎではないか、という風なことを書いたように思う。
だが、我が身を顧みて、わたしの場合は介護なのだが、はっきりいって大変どころか、一人で回すのはメチャメチャ大変である。
これでも毎日ヘルパーさんが少ない日で一人、多い日で四、五人は出入りしていただいているし、日中週4日は半日以上、透析に病院に行ったり、ディサービスに行ったりして、その間は母は家を空けている。
たぶん育児よりは楽なのではないかと思う。うちの母は寝たきりの重度介護なので手がかからない部分もある。
しかしながら、なかなか説明が難しい大変さがある。
ひとつは、他の人に頼む場合の段取りをつけなければならず、これが仕事の時間とかち合うと大変あせる。
これは仕事でもよくあることで、なんでも丸投げははできないので、準備が大切になる。
これに関しては、引き継ぐメンバーが固定し、やり方やノウハウが固まるにつれ、かなり楽になってきた。
もし、なんらかのサービスを継続して何名か依頼でき、細かいことを言わなくても頼めるようにならなければ、やはり一人じゃ到底無理だろうと思われる。

つぎに「ワンオペ」が大変なのは、自分が倒れたら終わる、という危機感である。これは、最初はかなりストレスになった。
いまも時々、誰かがわざとわたしがギブアップするだろうという、意地悪い監視が行われているような気になることがある。

これには、余裕があるうちに、他の手段を考えておき、準備するしかないのだが、ある程度「どうにかなる」と無神経になることも必要かと思われる。

と同時に、どこかで線を引き、自分の人生を大事にするため、自分の趣味や時間を大切にすることだろう。
できる範囲で手抜きしたり、絶対譲れない楽しみを優先するとか、毎日緊張や時間のなさが続くと、自分が参ってしまう。
基本的に、いまの時代、なかなか家族であっても、人になにか頼みづらい時代だと思う。仕事の場でもかなり仕事が集中するところに集中し、残業が日常になる方とそうでない方の差が開きがちではないかと思う。
わたしは、それをひとつの「ワンオペ現象」と思い、仕事の適正な分担が必要だという考えで、前回、ワンオペを放置すべきでない、という意味合いで書いた。
職場と家庭の仕事は微妙に違う部分がある。とはいえ、家庭でも、家事の分担が常識となりつつあるなか、仕事をどう適正に割り振りし、いかに過度の個人負担を解消してゆくかは、重要な課題であると思われる。
これから確実に介護人口は増える。
育児にしろ介護にしろ、「ワンオペ」に陥ってしまうのは、本人の責任ももちろんあるのだが、人生そんなにうまくは運ばない。
助け合える部分は助け、行政も受けれる部分は受け、どうすれば過度の負担をなくせるか、社会全体として考えるべき時代が来ていると思う。