雷雨・祇園祭 宮崎県口蹄疫の問題(2)

今日は夕方、雷雨があり、激しい雨が降っていたが17:30には止んだ。
各所で山崩れや浸水などの被害が続出し、不幸にも死者もでている。今年の梅雨はなんの因果か容赦がない。
祇園祭宵山が今日で明日は山鉾巡行だが、例年この時期雷が鳴り夕立があって、梅雨があける、というのが京都の通説である。
しかし今年はまだ降るかもとなかなか祭りに行く出足も鈍っているようだ。
毎年宵宵々山から夜店の屋台がでるが、かなりの打撃だろう。昨今の不景気をはねかえすべく、祭りの日くらいはなんとかならないものか、との願いもこの天気の前ではむなしい。
自然は恐ろしい。全国各地での災害が物語っている。もともと祇園祭も、この頃猛威を振るうこうした梅雨時の災害をなんとか最小に押さえるため、神に祈る祭礼だったのだろうし、今回京都は目立った災害がなく、これくらいで雷神が収まれば、夏の日照りが確約され、よしとせねばならないのかもしれない。
さて前回取り上げた宮崎県の口蹄疫問題、民間種牛の延命願いについては、国の代執行も検討されていたが、結局実行はされず、今日のテレビニュースでは東国原知事とその種牛の持ち主が話し合いの末、種牛を殺処分することを持ち主が同意したという。
知事は、この五頭の種牛について、宮崎の畜産復興のため必ず有益になるとの持ち主の主張を受け入れ、その五頭に口蹄疫の発症が見られない事実をあげたうえで、県が無償で引き取るという例外の延命措置を国に訴えたのだが、国が認めなかったことは前回のべた通りである。
今日のニュース(NHK)によると、問題の五頭を殺処分しないと県の一部を除き今まで制限されていた家畜の移動を解除できない状態が引き続くことになり、事態打開のため、「公共の福祉のため」受け入れたとの種牛所有者のコメントを紹介していた。
「ほんと人騒がせなやつだ。ちゃんとルールに従っていれば、もっと早く移動解除していたものを」というのが国側の農水大臣以下官僚側の感想だったのではないか。
しかしあらためてこの口蹄疫の発生からの報道を自分なりに追ってみると、国も県も対応が遅れ、当初10年前に発症した際、早期に食い止めた経験から少し事態を甘く見ていたことがわかった。
その後事態が悪化するなか、鳩山首相が宮崎視察の翌日退陣し、世間は一気に政治動向に注目しはじめ、以降新聞報道も菅内閣成立から参院選へと雪崩を打って急展開した。
時々取り上げるなか、国の対応の不徹底で被害が拡大した(例の鳩山政権下の赤松農相の事件発生時に休暇の予定を変更しなかった不祥事もあった)という批判は矛先を納め、農家の窮状や県が異例措置で延命の許可を国にもらったエース急種牛の保護の様子を報道するだけだった。
被害のあった農家は、政府にウイルスに感染していない健康な家畜を殺処分した際の保証を求めたが、その主の方針が確定せず殺処分が中途半端でそれも対応が遅れた原因となったらしい。
これは「激甚災害だ」と東国原知事は言っており政府も認めている。しかし終息間近になって出てきた県所有以外の種牛問題に対する農水省ならびに新聞の報道は冷たく、事態を無難に乗りきりたいという役人気質がのぞいていたように思う。
説得に応じた農家の方のコメントを夜のテレビニュースで写していたが、知事は農相に対し、宮崎に来て一度農家の方に会ってほしいと怒っていた。私も同感だ。
地震や人命の関わることなら政府は確かに動くが、どこか今回の災害は、ひょっとして「人災」と思っているのではないか。つまり農家に責任を押し付けてないか、と疑う。
官僚連中は国際ルールが気になり、日本が「汚染国」指定されて食肉輸出できないのに苛立っているだろうが、そもそも被害にあっているのは現地なのであり、いくら参院選があっても、もう少し宮崎に行くべきではなかったろうか。
陳情は異例ではあれ、知事がわざわざ東京まで出向いてるのに、あんなにそっぽを向くのはおかしい。
結果は国の意向を受け入れ殺処分となり、大臣もほっとしたようだが、民主政権もこうした宮崎の窮状をもっと視察し、地元民とコミュニケーションをとらないと、またまた沖縄のような騒ぎになるのは目に見えている。
「宮崎は自民の地盤」との記事も見られ、それでか、みたいに怒っている農家もたくさんあるだろう。