選挙で「選択」は出来るのか〜東日本大震災とは何だったのか。

今日は、「審判の日」。現時点で、まだ結果はわからない。

マスメディアの「自民党優勢」の報道に、信じられない思いが、苦い思いに変わってきていた。

この苦さは、3.11の津波災害と原発事故が突きつけてきた「苦さ」に、元をたどればつながるのだろうが、今はつながり方がまったく逆である。

つまり、その3.11直後感じた「苦さ」をすっかりみんな忘れてしまったのではないか、という「苦さ」である。

地震直後にしたたかに味わった、まさに悪夢のようであった、事故の後恐怖され、いまだに福島をはじめとする東北地域では扱いのきわめて困難な放射能汚染がもたらした混乱や、それで暴かれたかに見えた東電や政府の隠蔽体質も、すっかりもとの鞘に収まるのだろうか。

そもそも、その「苦さ」には、こういう側面もあったように思う。

ずいぶん前から50何基もの原発が、列島のしかも「過疎」的な地域に建築されていて、稼動していたということを、意識したことがなかったとか、原発の作業員がいかに危険な作業に従事していたかを知らなかっただとか、原発は安全だと思いこんだり、あるいは思い込まされていた、それまでの自分(たち)の「無知」に対する「苦さ」である。

だからこそ、その「苦さ」から何かを学び、少なくとも、今回の選挙では、未来の日本について、真剣に考え投票しようと考えていた人たちも少なくなかったはずである。

今回の選挙の論点は、そうした当初予想されていた(のでもないかもしれないが)「脱原発」選挙ではどうやらなくなってきていたようだ。

むしろ、政治家たちは、たくみにその論点を利用し、自らのPRを図るといううがった見方もできて、そうした視点を持たざるを得ない点もあった。

大多数の政党や政治家がそうすることによって、その論点はぼかされ、「脱原発」を表明することはしても、それに至る具体的な道筋、有効な代替エネルギーの活用による何十年かにわたる明確なプランを、示せる政党は皆無であった。

それよりも、政党数が増え、雇用や消費税問題、デフレ対策などの金融問題、子育て問題に昨今、次々に起こる中国、北朝鮮による威嚇的な動きが促す安全保障と防衛問題、果ては改憲を公約にあげる政党や代表も出てきて、新聞では、そういった多岐にわたる問題で、各政党がどういう公約を発表しているか、表にするなどする始末。

有権者にわかりやすくしようと言う努力は買うが、選挙が、各政党のこれらの各分野での点取り合戦になってしまったようである。大きな争点で決める、選挙でなくなってしまった。

それと結局、自民党優勢というということは、そういう点取り表を詳しく精査し、比べた結果と言うより、「食べたいものがないから、結局なじみの店にいってしまう」という警抜なたとえを報じている記事もあった。

予想通り、自民が大勝する結果なら、間違いなく政治不信は深まるに違いない。

朝日新聞の15日土曜日の社会面によると、期日前投票は伸び悩み、前回の衆議院選挙の16%減で、「有権者の関心の低さの表れだ」(選挙プランナー三浦博史さん)との分析を報じた。

標題の「東日本大震災とは何だったのか。」とは、本日付の朝日新聞の第1、第3日曜版『GLOBE』の1面トップ見出しである。じつは、このあとに「世界は今も、その意味を問い続けている」とづづく。

なかでは、大震災の津波が流し去った漂流物が、対岸であるアメリカのオレゴン州ニューポートの海水浴場に漂着し始めているニュース、なんと桟橋の一部が漂着し、見物客であふれていたという。

震災で洋上に流れ出たがれきは、環境省などの試算では約500万トンに及ぶ。このうち約7割が日本沿岸の海底に沈み、約150万トンが洋上を漂うと考えられている。米国西海岸に到着するピークはこれからだ。
(『GLOBE 第101、12/16号』)

また、ノルウェーによる被災地の水産業支援の記事がある。

ノルウェーは、被災地の水産業支援に官民合同で力を入れている。被災した石巻の海苔養殖組合に対し、新たな海苔網などの購入のために50万ノルウェークローネ(700万円余)を寄付。国内の水産機器メーカーを南三陸町仙台市に派遣し、被災者と再建を話し合う会合も開いた。
(同上記事より)

しかも、この記事の見出しは「復旧だと意味がない〜ノルウェー水産業支援戦略」である。すごく、画期的なプロジェクトが進行しているらしい。

 水産業復興の企画を進めるにあたって、宮城大学ノルウェーとで共通認識があったという。「単なる復旧では、意味がない」。震災前から、東北の水産業はすでに、危機的状況にあったからだ。
 日本の漁業・養殖業の生産量は減少を続けており、乱獲のせいだとの説が根強い。沿岸漁業で生計を立てる家庭の漁による年収は200万円あまりにとどまり、漁業就業者の約半数は60歳以上。しかも、毎年1万人ほどづつ減り続けている。津波被害の大きい宮城県岩手県では特に衰退の傾向が強く、以前の状態に戻すだけでは解決にならない。
 ただ、世界的に見ると魚介類の人気は高まっており、水産業は活況を見せている。日本以外の多くの漁業先進国では合理化や機械化が進み、資源管理が行き届く。その典型がノルウェー。年収2000万〜3000万円の漁業就労者が珍しくなく、漁業は若者にも人気の職業だ。
 ・・・被災した水産加工上には、ノルウェー産のサバなどを扱うところもあり、日本の水産業の復興はノルウェーにとって、決してひとごとではない。何より長期的に見ると、復興した日本と協力すれば、世界の魚の消費を促進する戦略を練ることもできる。
 そのような狙いから生まれたのが、被災地の岩手水産業従事者をノルウェーに直接招き、合理化された漁業の実態を見てもらうスタディツアー「ノルウェー水産業に学び東北漁業を日本一にするプロジェクト」だった。
(同上記事より)

こうした実例が、他にもあるかもしれないが、「東北での水産業の復旧じゃない復興を」みたいな公約を述べていた政治家があっただろうか。あったかもしれないが、東北支援のことは、あまり争点になっていなかったようだ。

ほんとうに「復旧だと意味がない」のは、政治だったはずだ。世界が、それを見ている。そういう選挙だったはずなのだ。しかし、いかんせん、あの地震原発事故がなんだったのか、それを考えつくし、自分の政策と未来の指針に決断のもとわかりやすく明示している政治家は、ごく一部であまり目立ってないような気がしてならない。

世界は、これから出ざるを得ないだろう結果をどう見るのだろうか。

戦後約70年の間ほぼ政権を取ってきていた政党の返り咲きを「復旧」と見ないで、地震の衝撃により、心をいれかえ、原発技術の安全神話を振りまき、電力会社と癒着的つながりを持ちつつ、過疎地への原発誘致を推進してきたことを自覚し、反省のもと再出発を約束する「改革」と見てくれるだろうか。

また震災以降迷走を続けてきた、もうひとつの有力政党が国民により、厳しい審判をくだされた、と見るだろうか。

はたして、数々あらたに現れた新政党の生きのよさを、前政権政党の分裂を促し、国論を右か左かの方向性で二分し、アジアでの外交的な権威を奪回しようとする戦略にまい進する危険な兆候と見ないだろうか。