アラフォー5年鑑8/吉田拓郎(1)「祭りのあと」


この春から学校に通ったり、職場が変わったり、新入社員である人たちが輝く季節になった。
今日もそこここの学校や幼稚園など入学式をしているのを見掛けた。
折しも4月満開の桜の似合うイベントである。
家族にそういう新入生のいる方は大変だろうが、ハタから見ているとなんともほほえましい。
かつてわたしもこんな季節を学校で何度か迎えたが、やはり大学に入学した時は、浪人しただけに、うれしかった思い出がある。

入学してしばらくは祭りのごとく日が過ぎる。サークルの勧誘や新入生歓迎の夜祭もあった。
しかしすぐにそんな季節は終わり、なんだか抱いていた大学への思いが現実とずれていることにとまどう5月がやって来る。
毎年「5月病」と呼ばれる症状がたしかにわたしの周辺でもかいまみられた。
しかし4月はそんな時期が来ようとは夢にも思わない季節である。わたしも多分に浮かれていて、同じクラスで知り合ったH君と新歓夜祭という屋台やバンドがグランドに出るイベントのあと、飲む機会があった。(まだ「飲んで」はいけなかったのに)
彼の下宿で話すうちに、彼が吉田拓郎の大ファンであることがわかった。
わたしは拓郎の歌はあまり知らなかったが大学浪人とフォークは何となく、80年代前半にはまだビールと枝豆のように切っても切れない関係だったしいくつかの曲は知っていたし「明日に向かって走れ」はその中でも好きな歌だった。
H君はもちろん吉田拓郎のコンサートに何度も行っていたようだった。すでにフルには活動してなかったかつての時代の旗手だったが、彼の言うには、当時人気が出始めていた長渕剛なんかは比べ物にならないとけなしていた。
「長渕が吉田拓郎のコンサートにゲストで来たとき、俺たちはみんなで『帰れ』コールで盛り上がったよ」と言っていた。
そんな彼が、そのときカセットテープで拓郎のライブをわたしに聞かせながら、語ったのが「祭りのあと」のなかの次のような歌詞だった。
♪祭りのあとの淋しさは
死んだ女にくれてやろ
「どう?すごい歌詞だろ!」と興奮していた。
しかしこの歌は、作曲は吉田拓郎だが、詞を書いたのはゴールデンコンビだった「襟裳岬」の作者でもあり、*先日森進一と争い、その後和解した岡本おさみである。(*この記述「襟裳岬」と「おふくろさん」を完全に思い違いしておりました。「襟裳岬」はたしかに森進一がカバーした曲ですが、なんら作詞者岡本おさみ氏とトラブルになったという事実はありませんでした。謹んで訂正します。=㋃㏭筆者)
たしかにその夜は入学して最初の打ち上げの興奮のあとだったし、妙にその歌は、はじめて聴いたのではないものの、新鮮に感動できた。
また、そのあとやって来る「幻滅の季節」をみごとに予告していたと言えよう。
しかしかつて拓郎がバリバリの頃歌った「祭り」は、政治の季節をたぶんにはらんでいて、その意味では80年代初旬のキャンパスは祭りのあともあと、ずいぶん明るく健康的なクリスタル世代特有の政治的無関心にすでに満ちていたのである。
彼とは、それからも時々よく話したが、あるアルファベット三文字の全国組織的英語ディベートサークルに入部したといっていたのだが、あるとき会うと部長になって大変忙しがっていた。
彼も私も学業にまったく精を出さないタイプであったので、ときたましか話をしなかった。
その後いつだったか、わたしは、留年を余儀なくされたある日、キャンパスで彼とばったり会った。
国産パソコンメーカーF通にいると名刺をくれた。彼はちゃんと卒業し、リクルーターとしてキャンパスに来ていたらしい。
その後、一度会いたいと思い、かなり経って私が就職してから、その名刺のアドレスにメールを送ったが転勤かなにかをしているらしく、もう返事がなかった。
今頃どうしているのか、ご多分に漏れず、アメリカか中国にでもいるかもしれない。
そして時々、拓郎の歌でも残業中に口ずさんでいるにちがいない。
ちなみに「祭りのあと」の歌詞の中に、詩人吉野弘さんの詩が一行だけ引用されているのを最近、レンタルで借りたCDの歌詞カードを見て知った。
三番目の「日々を慰安が吹き荒れて」というのだそうだ。
重みのある、今の時代にも通じる言葉だと思う。
「祭り」というのはわたしたちにとり日常を送るうえでかなり必要なものだが、バブルの頃から、日常と祭りの区別がこの国でははっきりつかなくなり、この「祭りのあと」という気分もなんだか感じることのあまりないものとなった。
しかし、懐かしい25年以上も前のあの春には、まだ「祭り」のほてりがキャンパスに残っていたのだろうか、なんとなく淋しさを消すのに苦しむ拓郎の絶叫に素直に感動できた。
♪日々を慰安が吹き荒れて
帰ってゆける場所がない
日々を慰安が吹きぬけて
死んでしまうに早すぎる
もう笑おう、もう笑ってしまおう
昨日の夢は冗談だったんだと
「祭りのあと」作詞:岡本おさみ/作曲:吉田拓郎
(You Tube で1972年のライブの動画を見つけた↓)